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【二人目不妊】流産後の気持ち

皆さん、お元気でお過ごしですか?

Karinです。

今週はバレンタインでしたね。皆さんはどんな風に過ごされましたか?

前回のElisaの投稿にもあったようにオーストリアでは男性が女性にお花をプレゼントする日です。今年は夫からチューリップをもらいました。

「時間が遅くなっちゃって花屋さんが全部しまってたから、スーパーのお花になっちゃったけれどごめん。」と。

それでもやはりお花をもらうのってうれしいですよね。特に記念日など大体忘れる夫がバレンタインを覚えていただけでもびっくり。ほっこりしました。

そして今回はもう一つ素敵なことがありました。2年位前の誕生日にもう一人の妹(私とElisaの間にもう一人妹がおります)からもらった蘭の花が、もらった時以来花を咲かせたのです。実は妹にもらってからすべての花が散った後でほぼ枯れた状態になってしまって。

(妹よごめん。私やっぱりお花に愛情が足りないのかしら。。。)

少しの間夫ががんばってみてくれたのですがそれでもだめで、結局お義母さんの所に持っていきました。お義母さんは、「まだ生きているから大丈夫!」と言って根気よく面倒を見てくれ、数週間前に我が家に戻ってきたところでした。それがバレンタイン当日に花を開くとは何て素敵なんでしょう。お花に癒されたバレンタインでした。

さて前回は私が経験した流産のお話をしました。もちろん渦中にあるときはショックも大きいですし痛みも伴うのでつらいのは当然のことですが、その後の精神的なつらさというのはそれの比ではなかったなと思っています。今日はそんな流産後の気持ちのお話を書いてみたいと思います。

前回同様流産のお話になりますので苦手な方はここから先読み進めないことをお勧めいたします。

まず私が幸運だったのは、たまたま診察していただいた代理の先生がとても優しく理解のある先生だったというのがあります。私がいろいろと読んだ経験談では、ドイツ語で書かれたものであっても、日本語で書かれたものであっても担当してくれる先生のとても冷たい対応について書かれていることが非常に多かったです。

ただでさえポジティブなことはひとつもないことなので、このときの先生の声のトーン、言葉の優しさ、考える時間をくれたことというのは、のちのち私の気持ちの中に一筋の光として残りました。先生にはとてもとても感謝しています。

お医者さんも人間なので誰にでも優しく、時間をかけるというのは無理なことだと思いますが、どうかたくさんのお医者さんが私の出会ったような先生のように患者さんの気持ちに寄り添ってくれる人であってほしいと心から願います。

そして私たち夫婦にとって大きな意味を持ったのが赤ちゃんの供養です。日本では水子供養というのは誰もが知っていて、流産、死産を経験した方はきっと誰もがやっていることだと思います。私の住むオーストリアでも赤ちゃんが500g以上だった場合は共同のお墓に入れてもらうみたいなのですが(詳しいことが分からなくてごめんなさい)それより小さい赤ちゃんだった場合は特に供養という形をとることが無い印象を受けました。というのも、私の小さな出産もちょうどトイレへ行ったときに起こりました。(ちょっと話が生々しくなります。)そして出てきた胎嚢と胎児をしっかり手ですくい、供養ができる日まで瓶の中に大切にしまいました。この話はオーストリアでは驚かれることが多かったです。私の場合9週目での流産だったため本当にちっちゃい、ちっちゃい赤ちゃんでしたが、それでも我が子です。拾い上げない選択はそもそも私の中にありませんでした。逆にオーストリアの人たちはどうしているのかというのは今でも疑問です??私たち夫婦はその週の週末私たちの納得する方法で赤ちゃんをお空へ返してあげました。このように一つの命の終わりに供養という形で区切りをつけられたことは私の中でとても大きなことだったと思います。

その後一度セラピーにも行ってみたのですが、セラピストの方に「あなたはもう来なくても大丈夫よ。」と言われました。自分でもセラピーを受けてみて同じように感じました。悲しみが消えたわけではありませんでしたが、自分の中でしっかりと納得できたのだと思います。

もう一つ私にとってとても大きな心の支えとなったのがお義母さんでした。お義母さんは死産と流産を経験しています。当時20代初めで第一子を死産したそうです。その時のお医者さんが気を使って、同室にほかのお母さんと生まれたばかりの赤ちゃんが来ないようにしてくれたそうですが、お義母さんは、「お願いですから他の赤ちゃんと同室にしてください。泣き声を聞いてないとおかしくなりそうです。」と言ったそうです。でも退院してからは、やはりベビーカーが見れなかったと言っていました。今でこそこのようなつらい経験をしたお母さんやお父さん心のケアをしてくれるセラピーなどがありますが、今から60年前はそんなものは存在しなかったのではないかと思います。

お義母さんは「Wehmut」という言葉を使っていました。辞書で調べると哀切や哀愁といった言葉が出てきますが、分かりやすく言うと過去を振り返ったときに感じる切ない思いという感じでしょうか。もう痛みではないけれど、今でもその子が生きていたらどんな子だったかなと考えるときがあるそうです。私よりずっとつらい思いをしたお義母さんの言葉はとても暖かく、深く心にしみました。

今でも一人になったときや、ふとその時を思い返したときに涙がこぼれるときがあります。そして特に一番強い心の痛みを感じるのが家族や親戚、友人の妊娠、出産報告です。

(これは本心を言うとあまり表に出したくない感情なので書こうか迷ったのですが、気持ちのお話をする上で無いことにはできないなと思ったので書くことにしました。不快な思いをされる方がいたら本当に申し訳ありません。)

一人子供がいるのに何を言っているんだと思われるかもしれませんが、自分に関係が近ければ近い人のうれしい報告ほど心の痛みは強く、自分でも自分が嫌になるときがあります。ただうれしい、お祝いの気持ちもそれと共存していてとても複雑な感情なのです。最近では私も人間なんだなと思ってこの感情を受け入れるようにしています。

私は現在もずっと妊婦さんと産後のママさんたちのレッスンをしていますが、それは自分で仕事と割り切っているのか、悲しみや痛みを感じたことは一度もないんですよね。本当に不思議です。

私の場合、私の周りにいた人たちからの支えが素晴らしかったことで、幸運にも立ち直れないほど落ち込んでしまうということを避けることができました。本当に感謝しかありません。この悲しみは1年や2年でなくなるものではありません。でもそんなありのままの自分を受け入れることが昇華という形につながるのかなと思っています。

悲しいお話が続きましたが、何か答えを探して読んでくださった方の、何かのきっかけになればとてもうれしいです。次回はAMH(抗ミュラーホルモン)のお話をしてみたいと思います。

まだまだ寒い日が続くと思いますが皆様お体に気を付けてお過ごしください。

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この記事を書いた人/Autorin dieses Artikels

オーストリア在住、アラフォー2児の母。女性専門トレーナーとして、妊娠・出産・更年期などライフステージに寄り添ったサポートをしています。家族との暮らしや健康、子育てをテーマに発信中。

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